vendredi, 01 mai 2009

赤死病の仮面
The Masque of the Red Death

 エドガー・アラン・ポオの小説に『赤死病の仮面』というのがあって,内容はかなり比喩的で分かりにくい.

 なのであらすじは書かず(あらすじを知りたい人はググってね),わたしなりに意訳したあらすじを書く.

 ペストの流行る中世イタリア.主人公の領主は館を閉め切って夜な夜な背徳の宴を開く.ここだけは安全だ,ここだけは感染者が居ない.

 そこに我こそはシロだ,感染していない,安全だ,という人が集まる.もちろん領主も自分ではそう思っている.

 しかしそこに仮面の男が現れる.見るからに怪しいその男の仮面を領主がはぎ取ると,そこにはペストに冒された領主自身の顔があった.

 つまり,領主は最初っからペストに感染していたのである.彼はそれを自分自身に対してかたくなに否定し,自分自身に対してうそをついていた.

 そして領主が謎の男の仮面を剥ぎ取った直後,宴の出席者は領主を含め全員がペストに斃れる.

 これは世界がスペインかぜやその他のパンデミックを経験する前に書かれた小説である.
 しかし,人類はそこから何も学んでいない.

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The Masque of the Red Death"

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vendredi, 07 novembre 2008

ルビーの指輪
Ruby on Rails

 やっぱり過眠は治らない.13時間寝て眠いなーと思いながら仕事.しかしやっぱり勤務時間中は気が高ぶって何とかなるのだが,帰宅となるとまた一気に疲れと眠気が……

 なんせバイクの保険が切れてしまって,もう2ヵ月も乗れない状態が続いている.否,保険継続手続きをすればまたすぐ乗れるのだけれど,家に帰るともう寝るだけでその気力が無いのよ.
 で,電車通勤.これがバイク通勤の2.5倍程度の所要時間とスタミナ消費をする.悪循環である.

 ともかく,今日は準夜のみなので終電間際に帰宅.地下鉄の駅で乗り換えの電車を待っていると,酔っぱらいの集団4人くらいがワーワー楽しそうに大声を出している.
 今月の東京メトロのマナーポスターは「店でやろう.(電車内で酔っぱらって騒がないで下さい)」だってのに.

 それが悲鳴に変わって,見ると一人線路に落ちている.仲間の一人が線路に降りて助け上げる.
 次の電車は数分先の様子なので緊急停止ボタンは押さず,酔っぱらいの付き合いで死ぬのも御免なので上から引っ張り上げるのを手伝った.で,助けに降りたもう一人がホームに這い上がるのにも手を貸す.

 で,数日前に受けたJPTECに則って頭部〜体幹の損傷を否定し,連れには「絶対にこのまま電車では帰らないように」と言ってその場を後にする.

 その間,駆けつけた駅員や連れが「救急車」とか言いださないかヒヤヒヤした.もしそうなればまず間違いなくわたしが退勤のタイムカードを押したばかりの病院へ行くことになるからだ.

 それはともかく,その1時間くらい前に職場でベテランの女医が
「酔っぱらいが来る度に言ってるのよ,酒で死ぬのはね,酒による転倒が一番多いんだって.」
 そう,ウチの職場は1日に30〜40件の救急車を受け入れるが,常にその2割程度を急性アルコール中毒とその関連疾患が占める.

 そして,年に何例かはよって転んだ所為で首が折れて残りの人生を棒に振ってしまう.

 話の流れで,若い研修医は「ぢゃあ飲み屋にヘルメットを常備させましょう.帰りに転びそうな人にはかぶって帰ることを義務づけて.」と.
 「バイク乗車時にはプロテクター入りのライダースーツを!」普及運動を展開しているわたしにとっては,それもあながち冗談ではないように聞こえた.

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samedi, 01 novembre 2008

アンチ・オイディプス
L'anti-œdipse

 バーナンキFRB議長や麻生首相の発言で,株価が右往左往する.

「バーナンキはあまりに学者肌だ,如何に真実とは言え市場を萎縮させる発言は控えるべきではないか」という意見が,ウヨでもサヨでもない経済系のブログから出ている.つまりオイディプス効果って奴で,「株価はまだ下がるだろう」と偉い人が言った所為で本当に下がるって奴だ.
 で,日本でもアメリカでもサヨク系のマスゴミなんかまでその尻馬に乗った報道をしている.

 では,真実を言っては行けないと言う事か? 日頃お前らマスゴミが批判している,「依らしむべし知らしむべからず」ってことだね? それ言い出したらおまいらマスゴミの存在意義って無いよね?

 しかし,確かにその所為で一旦下げ止まった株価がまた下がりだしているのも確かだし,わたしの保有する投信は半値になった.だがそこで,半値になった事を嘆くのではなく,はてブサヨどもの「トリアージ論」をわたしは思い出さずにはいられなかったのである.

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lundi, 13 octobre 2008

ねだめカンタービレ
Presto molto vivace e cantabile

 「寝溜めなんて物はできない」とよく言うが,起き溜めはできる.あまり睡眠を取れずに仕事に行った時とか,眠い状態で勤務時間を過ごすのだが,その後がたとえば休みだったりすると,遅れを取り戻すように長く寝てしまうのだ.

 てゆーか,ここんとこそれで寝たまま休日が終わってしまう.家を片付けようとか,洗濯をしようとか,そう言う予定が全部ポシャってしまう.

 と言う訳でいまザナドゥはゴミ屋敷になっている.

 バラも全て黒点病とチュウレンジハバチにやられてしまい,片っ端から丸坊主になっている.枯れる株も出るかも知れない.

 そうして見る夢が牧歌的(カンタービレ)な物ならまだ救いがあるのだが,見るのは仕事の夢ばかり.

 んー疲れ溜まってんのかな.でも勤務時間中だけは人並みに動けるのが唯一の救い.

[今日聴いていた曲:ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーベン作曲《交響曲第9番ニ短調,op125『合唱付き』》第3楽章「アダージョ,牧歌的に Adagio e cantabile」/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団,ウィーン楽友会混声合唱団]

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vendredi, 19 septembre 2008

鬱くしい国

 9月19日に以下の方を見かけた人は城東警察署かジャスコ南砂店にご連絡ください.万引き犯です.

●50代後半〜60歳くらい

●中肉中背,身長170〜175cm

●顔はしもぶくれ,鼻は長く眼鏡をかけている

●半分白髪

●青みがかったグレーの無地のTシャツ,半ズボン,サンダル

●持ち物は真っ白いレジ袋(20リットル)のみ

☆9月19日9:30頃,ペット用おむつ,ペットフードなどを窃盗.

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jeudi, 18 septembre 2008

筑摩屋松坊堂とネオ筑摩屋松坊堂は死んだ
id:ragey and user:Chikumaya are dead

 前回のエントリを書いて,カッカしてあちこちに怒りのメールを送り,一晩経って熱が醒めてみれば,猛烈な自己嫌悪の嵐.

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mercredi, 17 septembre 2008

訴状が来るかも

です,

ちなみに,彼自身が過去に書いた内容からして,その賠償額は独身貴族であるわたしにとって雀の涙ですな.

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dimanche, 07 septembre 2008

もうけりゃ税率95%
Taxman

♪あんたの取り分は5%,
♪オレの取り分は95%
♪なぜならオレは税金マン
♪Yeahオレは税金マン

♪Taxman / The Beatles (From Album "Revolver")

 昨日,NHKの「日本の,これから 税」を観ていたが、これはひどい.

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Taxman"

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dimanche, 31 août 2008

久々にアクセス解析を見たら,

 うわ,教祖様の所を経由してこんなに!

 すみません,わたしは信者の名に値せぬ,煩悩の固まりな男でした.否,過去形でなく現在も,多分未来永劫そのままです.だからアレを切られても当然なのです……

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われはロボット
I, Robot

 現実は物語ではない.

 人はなぜ現実を「物語」にしたがるのか.現実を「ドラマチックだ」等と形容したがるのか.

 物語と言うのは,ある事実の連鎖をして,人が獲得した前頭前野と言う物がその因果関係を推測した物である.それが例えば自然科学であれば,その正しさは反証可能性によって担保される.

 しかし,人が現実に体験する人生の出来事は,無数の要素の無数の絡み合いによって起こる.その因果関係を人が把握するのは不可能だ.だからそれを物語化し,その物語に心のよりどころを仮託する.

 つまりそれが信仰と言う物だ.

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I, Robot"

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«謹んでお詫び申し上げたのに